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鉄砲勇助

落語「鉄砲勇助」のあらすじ

嘘つき男が知り合いの男に話に来た。木曽に旅に出たところ、女子一人を男衆が囲んで、悪さをしようとしたところに突き当たった。そこで牛ほどもある大きな岩をちぎっては投げして、追い払ってやった。これで一安心かと思っていたら、猪が向かってきたので、女子を岩穴に逃がして自分は木の上に。すると、猪が木に向かってきて、男が落ちてしまって猪に馬乗りに。猪の股間の急所を締めてやったところ、猪が岩にぶつかり、裂けたお腹から猪の赤ちゃんが飛び出してきて面白かった、などど話す。オス猪のお腹から赤ちゃんが出るという、出鱈目な話である。

次にもっと奥に行ったところでは、地元の人が鴨をかりに行こうと誘うという。連れられて行ってみると、鴨が田んぼに植わっている。夜中に鴨が田んぼのどじょうか何かを食べている最中に冷たい風で氷が張って、植わっているのを取ってきたんだと。

次の法螺話は寒さの話。向こうは寒いから火事も凍ってしまうんだという。雪も多いので、降りそうな日に家と家の間に筒を通しておくと、雪で家を出られなくなってもお隣さんと話ができる。でも、あまりの寒さに声も凍ってしまって、筒の中で詰まってしまう。囲炉裏の火で凍った声が一斉に溶けるとこれがうるさいのなんの。いや、これだけ法螺を吹くおまえの方がやかましいというサゲ。

落語「鉄砲勇助」の感想

この落語は桂枝雀の「枝雀落語大全(21)」で聴いたのですが、これは本来の「鉄砲勇助」の一部らしいです。CDについていた解説によると、後半に鉄砲勇助という男が出てきて、前半の法螺吹き男がどこかにいってしまうらしいので、前半後半通じて演じる人も少ないみたいですね。江戸落語では「鉄砲勇助」の前半が「嘘吐き弥次郎」、後半が「嘘吐き村」と別々の落語になるのだとか。

こういう法螺吹き男の話は、調子よく嘘をつきまくる様が面白いので、あらすじを文章で書くのは無粋と言うものですね。枝雀の演じる法螺吹き男は、ああ言えばこう言うというかたちで、突っ込みに負けずに嘘をつきまくる楽しい男でした。
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はてなの茶碗

落語「はてなの茶碗」のあらすじ

京都清水の音羽の滝のそばにある茶店で、一人の男が飲み終わった茶碗をひねくり回して、「はてな?」とつぶやいている。それを見ていた担ぎの油屋が店の主人に、自分で使うのに茶碗が一つ欲しいという。主人がただで持って行けと茶碗を差し出すと、油屋は男がひねくり回した茶碗がいいと言い、主人はその茶碗以外ならどれでもいいとのこと。

実は、茶碗をひねくり回していた男、茶金という有名な道具屋で、この男がひねくり回した茶碗だからかなりの値打ちもののはずと二人とも思ったという次第。押し問答の挙句、油屋はお金を払って茶碗を譲り受ける。

その後、油屋は茶金の店に行き、出てきた番頭に茶碗を見てもらう。値打ちがないという番頭に、そんなはずはないと油屋が食って掛かると、茶金が出てくる。茶金が鑑定しても、これは値打ちのない茶碗とのこと。

油屋が、「これはお前さんが音羽の滝のそばの店でひねくり回していた茶碗だ」と言うと、茶金は「この茶碗はどこも割れていないのになぜか水が漏るのだ」と言う。がっかりする油屋に、茶金は茶碗と引き換えに金を貸して、真面目に働けと言う。

その後、茶金がこんなことがあったと周囲に話すと、割れていないのに漏れる茶碗の話が一人歩き。あれよあれよと評判になって、しまいには帝の耳にも入り、そのお陰で何と千両の値がついて売れた。そこで、茶金は油屋を呼び、こういうわけで千両で売れたと、半分の五百両を油屋に分ける。油屋は大喜び。

翌日、外が騒がしいので茶金が出てみると、油屋を筆頭に数人の男衆が何やら運んでくる。何の騒ぎかと問うと、油屋が「更に金儲けをしようと、水壷の盛るやつを持ってきた」

落語「はてなの茶碗」の感想

この落語は古今亭志ん生の「名演集(6)」と桂枝雀の「枝雀落語大全(21)」を聴いたことがあるのですが、この2つ、お金にからむ部分が微妙に違うんですよ。

まず、志ん生の方が、私の記憶では、茶店の主人が油屋に茶碗を売った金額が十両、茶金が油屋から買い取った金額も十両。それに対して、枝雀の方は、茶店の主人が油屋に茶碗を売った金額が二両、茶金が油屋から買い取った金額が三両。枝雀バージョンの茶金の方が色をつけてあげているんですね。

それに、志ん生の茶金は『金を貸すから真面目に働いて返しなさい』と諭すのですが、枝雀の噺は、茶金が買い上げてやるというところを、油屋の方から『そういうわけにはいかないから、いつか返しに来る』と申し出る。

上方落語の方が人情がある噺になっているんですね~。こういう違いはなかなか興味深いです。

うなぎや

落語「うなぎや」のあらすじ

おじさんが道でぼーっとしている若者に一杯飲ませてやると誘うと、若者は一杯飲ますというのはこりごりだと断ります。聞いてみると前に一杯飲ませるといった徳さんに大阪中を歩きまわされたあげくトンでもないものを飲まされたという噺。これが前段。

そんなものは飲まさないからと鰻屋に連れて行くのだが、この鰻屋がまたただの鰻屋じゃありません。店の主人が職人と喧嘩して職人が店を出て行き、鰻をさばけない主人が鰻をさばいているという。普段は店の2階にお客をあげてどうにかごまかしている主人だけど、1階の調理場の目の前にあえて居座って主人が困る様を見てやろうという噺。

落語「うなぎや」の感想

枝雀落語大全(18)」に収められています。昭和63年12月26日鈴本演芸場にて収録。

私は「素人鰻」というタイトルで志ん生のものを先に聴いたことがあったのですが、「素人鰻」とは微妙に中身が違いますね。「素人鰻」は鰻やさんが主人公だったように記憶していますが、こちらの「うなぎや」はさばけないと知っていてひやかしに行くお客が主人公。

それに前段の大阪中を歩き回る部分。これは「素人鰻」にはありませんでした。
これについては江戸落語「素人鰻」と上方落語「うなぎや」の違いではなく、枝雀が誰も演っていないこの部分をやっているということのようです。「枝雀落語大全(18)」についている解説によると枝雀自身が
初代の春團治師匠のレコードで憶えさせてもろた噺です。冒頭の大阪中のあっちこっちひっぱりまわされるところは、現在どなたも演っておられませんが、初代のレコードからいただきました
といっていたそうです。

また、この収録では本題に入る前に、ショート落語を試しています。スビバセンおじさんというのは、この後連作化したのかな。ここでは、スビバセンおじさんネタを3つ試しに披露した後、
今日の反応では、やめといた方がええかいなと思うこともあるわけでございますが。
と言っていますが(笑)。

それにしても、テンパっている人を演じさせたら枝雀は最高です。私にとっては、もし今も生きていたら絶対見に行く人の一人です。

皿屋敷

落語「皿屋敷」のあらすじ

播州の皿屋敷の怪談話。今でもその屋敷の井戸では、幽霊のお菊さんが出るという。皿を数えた「九枚」という声を聞いたら最後、三日三晩熱が出て四日目の明け方に死んでしまうのだとか。

それを聞いた男が、七枚あたりで逃げて帰れば大丈夫なんじゃないかと言い始める。それを聞いた男共が皆で繰り出し、待っているとお菊さんの登場。一枚、二枚、、、、七枚と言ったところで一目散。すると確かに身体はなんともない。それが分かればスリルが味わえる上、お菊さんが別嬪だということで、人気スポットとなってしまい、日本全国から見物人がやってくる。

さて、ある日、七枚で逃げ遅れた男がふと気が付くと、お菊さんが「、、、九枚、十枚、十一枚、、、、十七枚、十八枚、おしまい」と言っている。お前、こちらは九枚で逃げられるかどうかのスリルを味わいに来たのに、十八枚まで数えるとはどうしたことかとお菊さんを問い詰めると、「風邪を引いているから、今日は二日分よんでおいて、明日は休みます。」

落語「皿屋敷」の感想

枝雀落語大全(20)」に収録されたもの(1992年7月18日大阪サンケイホールにて収録)を聴きました。

お菊さんが出ると「待ってました、日本一!」って声が掛かったり、皿屋敷は盛り上がっています(笑)。お菊さんも可愛げがあって。まあ、皿屋敷は片思いの恨みから発する話だから、お菊さんはもてるはずですよね。

噺のマクラに、幽霊がたいてい美人なのは不思議だと思って、これを詳しい人に聞いてみたところ、美人の人は幽霊に、そうでない人は化け物になるのだという話をしています。言われてみれば、太った幽霊というのもあまり聞かないですね。これも化け物になっちゃうのか。あの世は結構、容姿重視の世界なんですね(笑)。

鷺とり

落語「鷺とり」のあらすじ

ある男に近頃はどんな仕事をしているのかと聞くと、「鳥とり」をしていると答える。「鳥とり」は何かと更に問うと、まず雀を取るのにみりんの搾りかすで酔わそうとしたけど、ダメだったという。次に自分の身体に色付きの糊を塗って、木の枝に見せかけて鶯を取ろうとしたけど、糊が固まってダメだったという。だから次に鷺を捕まえようとしているのだとか。

方法を問うと、鷺の前で段々声を小さくして、遠くに行った振りで近づいて捕まえるというので、そんな馬鹿馬鹿しい方法より北野の円頓寺の池に鷺がたくさんいるからそこへ行ってみたらどうかと勧めた。

その晩、言われたとおり円頓寺へ行くと、池で寝ていた鷺をたくさんいて捕まえ放題。帯の隙間に鷺の首をたくさん挟んで、これでよしと帰ろうとする。しかし、そこで鷺が一斉にはばたいて、男は鷺と一緒に空に舞い上がる。慌てて目の前に現れた鉄の棒をつかんで鷺を引っこ抜き、鷺を全て放したところでここはどこかと確かめると、四天王寺の五重塔の屋根の上。

どうしようかと思っているうちに、寺の坊さんが男を見つけて、布団を持ち出してきて助けようとする。男が布団を目がけて飛び降りると、その表紙に布団の四隅を掴んでいた坊さんが中央に飛ばされて、頭をぶっつけあってしまい、一人助かって四人死んでしまった。

落語「鷺とり」の感想

枝雀落語大全(20)」に収録されたもの(1981年10月6日大阪サンケイホールにて収録)を聴きました。結構救いようのないオチですよね(笑)。
この枝雀の噺は、雀を取ろうとする部分で、雀にも江戸っ子がいるはずと言って、枝雀が江戸っ子のしゃべりをするんですよ。ここ、いいですね~。何となく照れもあるようで(笑)。

また、四天王寺の五重塔に男がいるのを見つけて野次馬が集まってくるのですが、皆何があるのかわからずに人が集まっているから集まる。で、一人を捕まえて何で集まるかと聞くと、あることないこと説明しだす。その説明が、ほとんどこじつけのような駄洒落なんですね。枝雀の勢いで笑わせちゃうというか。

でも、落語って、古典落語はどんな噺なのかわかって聞くわけですから、わかっていながら面白いものを演じないといけないですよね。その辺が無理矢理なおやじギャグ風の駄洒落でも笑わせちゃうことに通じるのかも(笑)。

つる

落語「つる」のあらすじ

甚兵衛が生き字引だという噂を聞いて男がやってきて、鶴がなぜ日本の名鳥なのかと問う。甚兵衛さん、それを説明しながら「昔は首長鳥と呼ばれていた」というと、男が「ではなぜ鶴と呼ぶ党になったのか」と問う。

生き字引といわれた手前、甚兵衛は知らないとは言えず、「鶴が大陸から飛んで来た際、雄が『つー』っと、雌が『るー』っと飛んで来たために「つる」という名前になった」と言ったら、男はそんな嘘っぱちをよく言えたもんだと大笑い。あまりにも面白いから皆に言いふらそうと、話す相手を探しに行く。

さて、聞いてくれる男を捕まえて話してみると、「雄が『つるー』っと」と言ってしまって、雌のところで詰ってしまう。甚兵衛のところに戻ってもう一度話を聞いてから、再チャレンジすると、今度は「雄が『つー』っと来て『る』と止まった」と言ってしまって、「雌が黙って飛んで来た」。

落語「つる」の感想

枝雀落語大全(19)」に収録されたもの(1984年6月26日神戸文化ホールにて収録)を聴きました。

知ったかぶりをしておかしなことを言う噺はこれ以外にもいろいろありますね。物知りぶる人をいかに演じるかが見せ所。

私が聞いた枝雀の噺では、知ったかぶりを聞いた男が嘘だと知って言いふらしに行きますが、嘘だと知らずに言いふらすパターンもあるようです。どちらも知ったかぶり話を最後まで憶えていないのは同じなのかな。

それと、枝雀バージョンでは、「生き字引」を「生き地獄」と間違えて、悪口を言われていたと忠言に来た ことから始まっています。始まりから男の間抜けっぷりが枝雀口調で炸裂しています(笑)。

猫の忠信

落語「猫の忠信」のあらすじ

浄瑠璃に通っている次郎吉は、師匠のお静さんといい仲にならないかと妄想しています。が、六さんの情報によるとお静さんには既に相手がいて、それは友達の常吉だとのこと。今、稽古屋に寄って来て、ぼそぼそ話し声がするから、障子の破れ目から覗いてみたら、中で常吉とお静さんがベタベタしていたのだと言う半信半疑で次郎吉が稽古屋に行ってみると、本当にそれらしきものが見える。

常吉の嫁さんのところに行ってその話をしてみると、常吉は今奥で寝ているという。いや、確かに稽古屋で見たともめているうちに、常吉が目を覚まして起きてきた。

それで常吉ではないとわかったが、あまりにも似ているのでちょっと一緒に見に来てくれと、次郎吉が常吉の女房を連れて稽古屋に行きます。

稽古屋に着いて、また破れ目から中を覗くと、女房でさえ常吉と思うほどのそっくりの男が師匠と口移しで飲んだり食べたりしている。そこに常吉もやってきて、こんなに似ているのは狐狸妖怪ではないかと取りおさえる。

取り押さえた男を問いただすと、ネコが化けていたという。自分の両親の皮を使った三味線がこの家にあることを知り、常吉の姿を借りてこの家に忍びこんできたのだとか。

すると、次郎吉が「これで今度お披露目する浄瑠璃の成功は間違いなしだ。次の出し物の「義経千本桜」の義経が常吉、次郎が次郎吉、六郎が六兵衛、狐の忠信が猫のただ飲む、静御前が師匠のお静さん。」と言う。師匠は「私みたいなお多福に、静御前が似合うものかね」するとネコが「ニアウ」。

落語「猫の忠信」の感想

枝雀落語大全(19)」に収録されたもの(1996年10月6日大阪サンケイホールにて収録)を聴きました。

これは歌舞伎・浄瑠璃の『義経千本桜四段目』のパロディなので、それがわかんないと落語聴いてもわかんないと思います。実際私もよくわかってません(笑)。CDの解説によると
源義経が、妻・静御前に預けた初音の鼓が、宮廷の重宝で、雨乞いの時千年の却を経た雌雄の狐の皮で作られ、その鼓の皮の子が、佐藤忠信に化けた狐であった
という話のようです。

枝雀のは、次郎吉の間抜けっぷりがいいですね。お静さんがお手洗いに行くのにお供にいった話とかは、間違いなく変態です(笑)。お供を指名されたことで、お静さんの想い人が自分だと確信するところや、その目当てのお静さんの相手が常吉と知ったときの、女房につげ口するまでの妄想とかもね。枝雀の演じる勘違い男は面白くてたまりません。

宿屋の富

落語「宿屋の富」のあらすじ

日本橋馬喰町にある宿屋の一つが舞台。お客に愛想をふりまく宿屋の主人に対し、客が自分には構うなと言う。聞くと、商売をする必要のないほどの大富豪が、他人に構われたくないばかりにわざと貧しい身なりをして宿屋に泊まっているという。何しろ、金が邪魔でしょうがないくらいだとか。

そこで、宿屋の主人は、副業でやっている富札を取り出す。明日結果が出る富札が一枚売れ残っているのだ。宿屋の主人が、一分で千両当たる富札だと説明すると、客は「また邪魔になるから、もし当たったら千両のうち五百両を主人にやる」と約束する。

が、実は客にとって今の一分が最後のお金。調子よく大富豪の振りをしていたら、ばか正直な宿の主人が本気にしてしまったという訳。これで本当の一文無しになってしまったので、適当に食べて飲んだらずらかろう、という不届きものの客なのでした。
そして翌日、また「三萬両を貸した大名に、金を返すなと言いに行く」などとまた富豪のふりをしながら、客は外出する。

一方、場面は富の結果が出る湯島天神。神様が私に「千両は無理だけど、五百両をお前にやることに決めた」と言ったと主張する男がおり、五百両が当たったときの妄想を連れの男に延々と話している。

しばらくすると、奉行立会いの下、当選番号の発表が始まる。法螺吹きの客は何と一等が当たっているのだが、当たるわけがないと思っているからいつまでも気がつかない。ついに気がついたときには、もうパニック!どうして宿屋の主人に半分やる約束をしたかと悔やむが、売った人がいないとお金を貰えない仕組みだとかで、やむなく宿に帰ります。帰るなり寒気がするといって、蒲団にもぐりこむ。

宿屋の主人も用事を済ませた後、湯島天神へ寄って、富豪の客に売った富札が当選していることを知る。慌てて宿に帰り、蒲団をかぶっている客の部屋へ突入。起きましょう、祝い酒をしましょうと舞い上がる主人に、客は「慌てたからといって、下駄のまま部屋にあがるんじゃないよ」とたしなめる。が、主人が蒲団をはぐと、客もぞうりを履いたまま寝ていた、というサゲ。

落語「宿屋の富」の感想

落語名人会 3」に収録されているものを聴きました。1980年10月13日、三百人劇場での収録。

CDについている解説によると、この噺は上方落語の「高津の富」を三代目柳家小さんが東京に移植したものだそうです。私も桂枝雀で「高津の富」を聞いたことがあります。

この噺は、一等が当たった客が当選したことに気付くまでの様子が見せ場ですよね。こういうところで言葉ではなく仕草で笑わせられると、CDで聴いている身にはつらい。噺家の声は聞こえずに、客の笑い声だけが聞こえてくるんですよね。

それと、私が聴いた「高津の富」には(確か)なくて、「宿屋の富」で出てきた場面があって、二番目の当選番号が読み上げられる場面。五百両が当たると主張していた男の番号が「辰の2341」で、読み上げられた番号が「辰の234、、、、7」。妄想は妄想のままに終わってしまうのでした(笑)。
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