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阿弥陀池

落語「阿弥陀池」のあらすじ

男が「自分は新聞なんて読まなくても世間のことは何でも知っている」と言うので、それを聞いた友人がそれならこれを知っているかと、阿弥陀池の尼寺に泥棒が入った話を始める。泥棒がピストルを尼さんに突きつけると、尼さんが何と胸を突き出した。自分の主人が戦争で胸を打たれて死んだので、どうせ死ぬなら夫と同じところを打たれて死にたいという尼に、泥棒が「あなたは自分の命を助けてくれた上官の奥様でしたか。こちらこそ死んでお詫びをする」という。尼が「元からの悪人はいないはず。誰かにそそのかされて泥棒に入ったのでしょう」というと、泥棒は「はい、阿弥陀が行けと言いました」。

真剣に話を聞いていた男は、話が友人の言葉遊びだったことに気づいて悔しがる。その後もいくつも、面白い話をされてはそれが冗談だとわかり、悔しいから同じ話を他人にしてこちらが騙してやろうと話を聞いてくれる人を探す。

やっと見つけて、米屋に泥棒が入った話を始めて、米屋の若いものが刺された場面に差し掛かると聞いていた相手が大騒ぎ。その男は聞いていた相手の義理の弟だという。慌てて言葉遊びの嘘だと訳を話すと、誰の指図でこんな嘘を言いに来たんだと相手が怒るもんだから、男は「阿弥陀が行けと言いました」。

落語「阿弥陀池」の感想

この落語は桂枝雀の「桂 枝雀 落語大全 第二十九集」で観ました。

この落語の中で、尼を知らない男に「女の坊さんを尼と言うやろ」と言うと、男が「では男の坊さんは西宮か」と言うところがあるのですが、「尼」が「尼崎」の略称なので、尼崎の隣の西宮のことを引き合いに出しているんですね。こういうのは東京の私にはわかりづらいけど、関西の人が江戸落語を聞くときにもこのようなことがあるんだろうな。

人に聞いた話を真似て話そうとして失敗するという落語は他にもいろいろありますね。こういうのは同じ話を上手くできない様が笑いどころですが、枝雀の演じるこういうキャラは単純な男で、実際にいたら私もからかいたくなりますね(笑)。
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